脱炭素推進におけるサプライヤーエンゲージメント~自社だけでは達成できない排出削減をどう進めるか~
- 7月21日
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1. はじめに
企業の脱炭素経営において、自社の生産活動や事業所から排出されるScope1・2排出量の削減は、省エネ設備投資や再エネ電力への切り替えなどを通じて着実に進みつつあります。一方で、原材料調達、部品加工、物流、製品使用・廃棄といったサプライチェーン全体から発生するScope3排出量は、製造業を中心とした多くの企業にとって総排出量の7〜9割を占めるとも言われ、自社努力だけでは削減が完結しません。
ここで避けて通れないのが「サプライヤーエンゲージメント」、すなわち原材料・部品・サービスを供給する取引先と対話・協働しながら、サプライチェーン全体の排出削減を進める取り組みです。これは単に取引先にデータ提出を求める事務作業ではなく、発注企業とサプライヤーが共通の目標に向けて関係を築き直すプロセスでもあります。
本コラムでは、日々サプライヤーとの折衝やサステナビリティ推進を担う実務担当者の視点から、現状・課題・外部環境・取り組み方法・ビジネスチャンスの5つの観点で整理し、明日からの実務にどう活かせるかを考えていきます。

2. 現状
大手企業を中心に、SBTi(Science Based Targets initiative)認定の取得やカーボンニュートラル宣言を行う企業が急速に増加しています。これに伴い、Scope3の算定・開示・削減目標設定への要請がサプライチェーン上流に波及し、CDPサプライチェーンプログラムへの回答や、独自の排出量調査票への回答を求められる中小・中堅サプライヤーも増えてきました。
しかし現場を見ると、対応状況には大きな温度差があります。大企業の一次サプライヤーは大口取引先からの直接的な要請を受けるため対応が比較的進んでいる一方、二次・三次サプライヤーや地方の中小企業では、そもそも「Scope3」「CO2排出量算定」という言葉自体になじみが薄く、何から手をつければよいか分からないというケースも少なくありません。
また発注企業側も一枚岩ではありません。CSR部門・調達部門・サステナビリティ部門など、社内の複数部署がそれぞれ独自にサプライヤーへ依頼を送ってしまい、同じサプライヤーに似たようなアンケートが複数回届くといった非効率も起きています。全サプライヤーに一律の対応を求めるのか、影響度の大きい重点先を絞るのか、明確な方針を持てていない企業がまだ多いのが実情です。結果として、「制度は整いつつあるが、現場の実装は道半ば」というのが多くの企業に共通する現在地と言えるでしょう。
3. 課題
課題は、発注側・サプライヤー側・両者共通の3層で整理する。
発注側の課題としては、数百〜数千社に及ぶサプライヤーへの効果的な働きかけ手法が確立していない点が挙げられます。多くの企業では専任の担当者が限られた人員で対応にあたっており、優先順位付けやコミュニケーション設計が属人的な努力に依存しがちです。データ収集依頼を送るだけでも大きな事務負荷となり、回収率の低さや回答の質のばらつきに悩む担当者は少なくありません。
サプライヤー側の課題としては、専任担当者や算定ノウハウの不足、対応コストの負担感が大きな障壁です。特に中小企業では、脱炭素対応に割ける人員も予算も限られており、「対応したいができない」という声が多く聞かれます。加えて、「取り組んでも受注が増えるわけではない」「開示することでコスト構造を見透かされ、価格交渉で不利になるのではないか」といった動機づけの弱さや不安が、協力姿勢を鈍らせる要因になっています。
両者共通の課題としては、GHGプロトコルなど算定ルールの解釈の難しさ、一次データ(実測値)と二次データ(業界平均値等による推計)の精度差、そして何より発注側・受注側双方の信頼関係の構築が挙げられます。取引上の力関係がある中で、対等な対話をどう実現するかは、多くの現場が直面する本質的な難しさです。
4. 外部環境
国内では、GXリーグの本格稼働や排出量取引制度の段階的導入、省エネ法改正によるエネルギー使用状況の報告強化など、脱炭素に関する制度面の整備が急速に進んでいます。特にGXリーグ参加企業には、自社のみならずサプライチェーン全体を含めた排出削減の取り組みが暗に期待されるようになってきました。
国際的には、EUのCBAM(炭素国境調整メカニズム)が対象品目を段階的に拡大しており、鉄鋼・アルミニウム・セメントなどを扱う輸出型サプライチェーンに属する企業への影響が現実味を帯びてきました。今後は自動車部品や化学製品など、対象品目のさらなる拡大も見込まれており、間接的にサプライヤーにも影響が及ぶ可能性があります。
また、TCFD・TNFDに続き、ISSB(国際サステナビリティ基準審議会)基準に基づくサステナビリティ開示の義務化が国内でも段階的に進行しており、上場企業を中心にScope3開示の質・精度への要求水準が着実に上がっています。金融面でも、トランジションファイナンスやポジティブ・インパクトファイナンスの拡大により、金融機関がサプライチェーン全体の脱炭素状況を融資判断や金利条件の材料とする動きが出てきました。
さらに、自動車業界や電機業界などでは、業界団体が主導してサプライヤー向けの共通算定ガイドラインや研修プログラムを整備する動きも活発化しています。こうした外部環境の変化は、サプライヤーエンゲージメントを「任意の取り組み」から「事業継続に関わる要件」へと着実に押し上げつつあります。
5. 取り組み方法
実務レベルでの進め方としては、まず優先順位付けが肝要です。全サプライヤーへの一律対応は現実的でないため、排出量インパクトの大きい取引先(調達額や排出量の観点でパレート分析を行うと効果的です)や、今後の取引継続性が重要な戦略的サプライヤーから着手するのが定石です。まずは上位数十社に絞って丁寧な対話を行い、そこで得た知見を横展開していくアプローチが多くの企業で採られています。
次に、対話の場づくりが欠かせません。説明会やワークショップを通じて算定方法や取り組みの意義を共有し、一方的な要請ではなく「共に取り組む」姿勢を示すことが信頼構築の第一歩になります。特に中小サプライヤーに対しては、専門用語を避けた分かりやすい説明資料や、個別相談に応じる体制を用意することが協力を得やすくします。
データ収集・可視化ツールの活用も重要です。近年はサプライチェーン排出量の可視化を支援するSaaSサービスが多数登場しており、サプライヤーの入力負荷を下げつつデータ精度を高める工夫が可能になっています。エクセルベースの調査票からこうしたツールへ移行することで、収集・集計の両面で効率化が図れます。
さらに、取り組みが進んだサプライヤーを表彰・優遇する、あるいは将来的な取引条件やサプライヤー評価制度に組み込むといったインセンティブ設計も検討に値します。「やらされ感」ではなく「取り組むメリットがある」と感じてもらえる仕組みづくりが持続的なエンゲージメントの鍵となります。
加えて、業界団体単位で共通の算定様式・研修プログラムを整備し、個社対応の負荷を分散させる業界横断の協働モデルも広がりつつあります。同業他社と足並みを揃えることで、サプライヤー側も複数の取引先に対して一貫した対応がしやすくなるというメリットがあります。
6. ビジネスチャンス
サプライヤーエンゲージメントは負担であると同時に、新たな事業機会も生み出しています。算定・可視化ツールやコンサルティングサービス、研修プログラムなど、サプライヤー支援市場の拡大が顕著であり、こうした周辺サービスを提供する企業にとっては大きな成長領域となっています。
発注企業の視点では、早期に対応を進めることで、大口顧客からの取引先選定における評価で優位に立ちやすく、競争優位性の獲得につながります。特にグローバル企業がサプライヤー選定基準に脱炭素対応を組み込む動きが強まる中、対応の早さがそのまま受注機会の確保に直結する場面も増えてきました。
また、発注企業とサプライヤーが排出削減という共通目標を持つことで、省エネ技術の共有や低炭素素材の共同開発といった新たな協業関係が生まれるケースも出てきています。単なる購買関係を超えたパートナーシップへと発展する可能性を秘めている点は、見逃せない機会です。
さらに、脱炭素対応を入口とした中小企業の業務プロセス見直しやデジタル化支援は、経営改善との相乗効果も期待できます。エネルギー使用量の可視化がそのままコスト削減につながったり、脱炭素対応をきっかけに業務のデジタル化が進んだりするなど、単なる規制対応を超えた価値創出の機会として捉えることができるのです。
7. まとめ
サプライヤーエンゲージメントは、単なる「排出量データの収集依頼」ではなく、サプライチェーン全体で脱炭素という共通課題に向き合う「協創」のプロセスです。コストや負荷として捉えるのではなく、取引先との関係強化や新たな事業機会の創出につながる投資と位置づける視点の転換が求められます。
制度・市場環境が急速に変化する中、実務担当者には、自社の状況に応じた優先順位付け、社内関係部署との連携によるサプライヤーへの依頼の一本化、そしてサプライヤーとの丁寧な対話を積み重ねる地道な取り組みが、今後ますます重要になっていくでしょう。一朝一夕には進まないテーマだからこそ、小さな一歩を着実に積み重ねる姿勢が、結果として自社とサプライチェーン全体の持続的な競争力につながっていくはずです。




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